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2006年08月09日

祈りましょう

nagasaki_heiwazou.JPG
今日は長崎の日です。

ちょぼちょぼクン(デジタルペットです)が、私の代わりに長崎の被爆者をお参りしました。

写真を撮ってくださったのは、ヌンチャク犬を飼っていらっしゃるNikoさんです。
Nikoさん、ありがとうございます。


注:この写真は、こぴぺ不可です
posted by しば at 09:32| ☀| Comment(8) | TrackBack(3) | ちょっと考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

デフォルトの母モードはどこへ


最近、「自分って、カービーみたいだなぁ」って思います。
趣味が多くって、やっている趣味ごとに違う人格があるように感じることが多いです。

自分で、「これが趣味だ(特技だ)」と公言できるのは、外国語学習と、ビーズと、アクアリウム(=観賞魚飼育です:真夏は停滞してるけど)と、写真と、絵本です。
ただ、趣味ごとをしていると、「もっと知りたい」「もっとうまくなりたい」が先立って、しばしば「主婦らしく・母らしく」という気持ちをなくしてしまいます。

写真を例に挙げれば、カメラを持つと母的な部分が消えて、にわか写真家モードに入ってしまいます。ちょうどカービーが何かアイテムを身に付けて変身するみたいに…
子どもが出ている何かのイベントの写真を撮ってみれば、手放しに母としてイベントを楽しむことより、他の人の子まで含めて、そのイベント模様を被写体と捕らえてしまうのです。

英語の音声を聞くと(英語学習テキストがあるとなお強力)、「英語のためならエンヤコラ」的に、なりふりかまわず、周囲の目も気にせず、孤立も恐れず(素の私は、他人の評判をとても気にするタイプ。特にPTA関係でママ友達と話す時は、無意識のうちに相手のことばに出てこない感情を探りながらことばを選びます)…になります。
病院の待合室で英語の勉強をする私は、子どもたちから見ると「すっごく妙」だそうです。
だけど、「その時間以外で英語の勉強に充てられる時間、見つからないもん!!もっと英語伸ばしたいんだもんペン音楽」と思って、本来他人から「妙」と言われるとすぐ行動を改める私が、病院内英語は子どもに何と言われてもやめずにいます。

読みきかせの時は、「人格が変わる」をもっとはっきりした形で感じます。
絵本というアイテムを持つと、本来なら無邪気でカワイイ絵本を前にした子どもの行動に、すごく腹が立つんです。
絵本をはさんでの子どもとのふれあいどころか、無邪気にページをいじくる子どもは、絵本への集中力をそぐ存在に見えてしまい、上の子が幼稚園に入ってから下の子の入園(=小学校の読みきかせ会参加)までの4年間、子どもに絵本を読むことが嫌いになっていました。

そういえば3年前に、大型紙芝居向けの練習をしている私を見て、夫は「怖い」と言ったなぁ。
小学校での読みきかせ向けに読む本だって、気がつくと、子どもとのふれあいより、「どう、情景が浮かぶように読むか」というパフォーマンスをより強く探求しています。
7月に戦争をテーマにした本を読んだ時も、涙を流しながら読んだ方もいる本を、ドキュメンタリー番組のナレーターのように淡々と(ある意味他人行儀に)読みました。

そんなモンで、いろんな場に出て行って、多くのママ友を持っても、「手放しにワイワイ楽しくわーい(嬉しい顔)」って気持ちではいません。いろんな場所に出ていく時には何かしらの「アイテム」を持っていくので、それ仕様に"変身"しているから。完全な素の私じゃないから…
posted by しば at 07:11| ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | ちょっと考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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