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2006年09月04日

「書ける」ようになるためのステップ

この場を借りてざんげしますが、私は子どもの書き物系宿題をバシバシやっていた時期を持つ馬鹿っ母です。
子どもの宿題を私がバシバシこなしては、「子どもを甘やかしてしまってきた」という罪意識にも似た自責の念が、足かせ・・・いや、漬物石のようにいつもずっしりのしかかっていました。
が、ある日新聞でこの本の書評を見て、「私みたいなアプローチも、正論ではないにしろアリだったかも」と、ちょっとだけ元気がわきました。

現在(いま)、子どもたちが求めているもの
斎藤 惇夫著
キッズメイト (2001.5)
この本は現在お取り扱いできません。


こんな書評があったんです(本文抜粋かな?)。
読書感想文、子どもを本嫌いにするくらいなら、お母さんが書いてあげてもいいんだよ。



私の小学生時代は必須だった読書感想文も、子どもたちの代は、上の娘が入学した5年前からすでに選択制本
彼女は一度も選んだことがありません。(今年初めて、息子が選んだかな?)

で、子どもたちの通う小学校、夏休み、冬休みの宿題の日記には、保護者がコメントを朱筆することになっています。
コメントを書くことは、さほど気にならないんですが、問題は子どもが日記本体を書くのに大苦戦なこと・・・

「さあ、日記に取り掛かろう」と声をかけても、「何書いていいかわかんない」と切り返し、だけど宿題だから(日記は主に週末の宿題になります)形だけでも出さなきゃ惨め・・・もうやだ〜(悲しい顔)」とぐずぐずしがちな上の娘(一番日記に苦労していないのは下の娘です)。

「毎日こつこつやればいいのに」と言ってしまえばそれまでですが、「日々の記録を書き留める習慣」がない子どもたちには、国語の時間にする作文を何本も書くのと同じです。
普段はとても饒舌な子どもたちですが、いざ日記となると、しゃべるように書けないのです・・・教師ウケを気にして。

学校に提出する日記は、日記帳が3冊以上たまると(1年間に3冊目まで入るくらい日記を書くと)、500円を払って年度末に製本してくれるサービス?を受けられます。
上の子の低学年時は、日記提出率もそれなりによかったので、必死に取り組みました。彼女が「書く気にならない。けど出さなくちゃ宿題忘れになる」とおびえる時は、私が彼女に成り代わって左手書きで日記を書き(代筆どころか私自身が構想を組んでです)、提出前に彼女に見せてから担任に出していた時期もあります。

本当は当人のためにならないとわかっています。
ただ、代筆?らしきことをしていた4年前、上の娘は、提出するべき宿題に済んでいないものがあると、朝からさめざめ泣いたり、出掛け時だけ体の不調を訴えて学校を休んでしまう有様でした。---そんな日は、連絡帳に欠席の旨を書いて学校に届け、始業時間が過ぎると、ケロッと治ってスモールワールドで気まま遊びるんるんと相成ってしまいました。悪いことばを使えば、仮病とか、ずる休みです。

「不安から来る一時的不調(=宿題終わってないことによる学校からの逃避)」で学校を欠席する娘よりも、元気に登校する彼女を見たい。そのためならば、宿題を請け負う(全代行さえも)ことくらい、何でもないわーい(嬉しい顔)


その一思いで、日記やらの「手伝い(実態は代行が9割)」を精力的にしてきました。
もし代行が担任にばれたら、「うちの子は、書けるようになるステップとして誰かの文体をまねることが必要と判断したので、私が書きました」と言うつもりでいました。


---ところで日記、今では「手伝って」とは言わなくなりました。
逆に、「先生に休日の生活を見せるのがいや!!」と言って、夏休み以外はほとんど拒否状態です。



今だからあえてもういっちょ・・・漢字ドリルや計算ドリルを代行したこともあります。こちらは小2から小4まで続いちゃったかな?

全部ではないけれど、娘と私で同時進行で解いたなあ。
娘が漢字のドリルをするなら私は計算で、娘が計算なら私が漢字…という風に。

不正だと知りながら。でも「一時的体調不良での欠席」をしてほしくない一心で。
そしてドリルに関しては、より強い実感を込めて「勉強しなさい」というために、子どもが学校から課されてくる宿題を体感する必要があると感じたから。

今では、こちらが「手伝おうか?」と持ちかけても、彼女の答えは"No,thank you"。
理由は口には出さないけれど、「親にやってもらうのは不正」と自分から理解したみたいです。

逆に、昨年から今年1学期にかけては、「やりたくないもんは、やらない」と開き直って拒否に出たりもしましたが、評定が下がったことと、夏休み課題で職業調べをしたのを機に、ちょっとずつだけど変わり始めています。
posted by しば at 11:23| ☔| Comment(21) | TrackBack(0) | ちょっと考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「しば」様へ

 記事を拝読して想起し
 たことは、20数年の
 米誌『TIME』の
 カバーストーリー。タイトルが
“Johnny Can't Write”
「書けない子供たち」は
 全世界レベルの社会現象
 かもしれませんね。




(柄にもなく、まともな
 コメントを書いちゃいまし
 た。いかん、いかん。)



 反省猿     (牢)

Posted by ごりもん at 2006年09月04日 13:00
申年のしばから、ごりもんさんへ

…もし私が4年前に子どもの日記を書いていなかったら、このブログは存在しなかったよ、きっと。

子どもの宿題を親が楽しんで、どぉーすんだろうね?
親が楽しそうなら、オーケーf^_^;
Posted by しば at 2006年09月04日 15:02
「しば」様へ


鍊In January
 Mom ghost-writes
 Kid's diary
 In Febrary
 Mom becomes fiery
 As to fight
 with her own diary鍊


         (牢)

Posted by ごりもん at 2006年09月04日 16:04
しば さん

こんちは!

私はよく「本当の優しさ」を考えてもらう時、宿題をたとえに用います。

友達から宿題やってないから見せてと頼まれました

1.見せてあげる
2.見せてあげない
3.宿題は自分でやらないと意味が無いからと一緒にやってあげる

どれが優しいのでしょう?

子供は、1を優しいと思う場合が多いと思います。
しかし当人のことを考えると1は×ですよね。
すると、2か3という答えになるのですが、何故そう思うのかを聞いていくとけっこう理解を示してくれるようになりますよね。
Posted by 「感動創造」 at 2006年09月04日 16:22
書くってよりも考えるのが難しいんだよね・・。

でもさ、ちっちゃい頃からなんでもかんでも書けるって気持ち悪いよ・・。
Posted by rozzo at 2006年09月04日 17:56
Lance Morrow once said:
“To write is
     to think.

 You can't write
  without thinking.


 And as far as
 I'm concerned,
 I can't think
   without writing.”


         (牢)

Posted by ごりもん at 2006年09月04日 18:43
小学生低学年位迄は親と子供で楽しく勉強するってのがいいんですかね。
まぁ勉強や宿題の定義はありますが、物事の目的と理由(意味)を説明し少しでも理解させる事が出来ればゆとりも大いにありなんでしょうね。
Posted by とらたけ at 2006年09月04日 21:29
ごりもんさん

---英語でのレス・・・やれる範囲でやってみます。

When I'm concentrating on something, my family members say, "Are you mad at me?".
In most cases I'm not angry at anyone, but it seems to them my face is so fiery in a deep concentration.

何かに集中中の私の顔って、ものすごく怖いそうなのだ・・・ホントかな?
何かの折にセルフタイマーで自分撮りしてみようかなあ。
Posted by しば at 2006年09月05日 01:10
感動さん

こんばんは。
「本当の優しさって、何だ?」の問い、人が生きていくうえである意味永遠のテーマだなあ。

「その時々だけ都合がよければいい」のか、「その時は大変でも後で成長のきっかけになるのか」が、宿題忘れさんに宿題を見せるか見せないか、一緒に考えるかの分かれ道なのかな・・・と私は考えます。

---て考えると、うちの上の娘、宿題忘れさんよりたち悪い??時期があったかもしれない。
だって、「誰かのを写す」のだって"自分で"書き写すけれど、「"自分で書きたくない"」時があったのだから・・・(涙)

上の娘の歳が1ケタ台の頃は、自分で書きたくない、だけど不備なまま登校時間を迎えるのは悔しくて、仕上がらなかった日は登校の頃だけ具合が悪くなってしまって、欠席して取り繕う(→しばらく大人から見るとたわいなくチンタラ過ごした後に、思い直したように自力で宿題をして、終わると次の日は何事もなかったように登校した)上の娘を見るのは、本当につらかったです。
「長欠傾向なのかな?」とおびえて、「とにかく病気でない限りは登校させたい」一心で、宿題の肩代わりをやってしまいました。

だけど、昨年末から今年1学期まで、宿題が終わらなくても堂々としているけど「やりたくないもんはやらない」と開き直られてみると、「まだ"休んででも仕上げようとしていた頃のほうがかわいげがあった"」って何度も怒鳴りつけてしまいました。

---親って、ないものねだりばっかりして、ある意味子どもより身勝手かも(-_-)
Posted by しば at 2006年09月05日 01:29
ろっぞうさん

>書くってよりも考えるのが難しい

…そうなんだよ〜
PTAの広報誌をやってても思うんだけど、「書く」ことはほんとに「考える」なしでは成り立たないの。
で、「考えるってどうすること?」って聞かれたら、私なら「事情を知らない人にもわかるように伝えること」って答えるなあ。
「事情を知らない人にもわかるように」。そこが事情を知ってる者同士での伝え合い=おしゃべりと違うところ、と。

「第三者の読み手にどうわかりやすく伝えるか?」の方法が(その人その人の)文体だし、伝える方法は、気に入った文をまねしながら探していくもの…って思うの。
だから、自分の考えを筋道立ててことばで表せるのは、頭の中、心の中に、気に入った文、気に入った言葉の「お手本」がある程度たまってきてからなのかな・・・

・・・なんて考えたら、日記を書かないことを責めるより、「文やことばのお手本ストックを増やしてあげたい」って感じた。
そして気がついたら、私が娘に成り代わって娘の視点ですごく楽しく(娘の)日記を書いていたんだ。---子供の時は宿題のためだけに心込めずに体裁を整えてたのに、ね。
Posted by しば at 2006年09月05日 02:04
とらたけさん

>小学校低学年までは、親と子供で楽しく勉強

…しましょう♪
って、進研ゼミの保護者向け冊子にも書いてあるの。

で、4年生のテーマが「(取りかかりも、丸つけも)自分でする」、5〜6年生は「自分で計画を立てて自己管理」…と進んでいくのだけど、それぞれの家庭での親の関わり方が、「中学年(3〜4年生)は計画をこなしているかや学習もれの声かけやチェック」で、高学年(5〜6年)は「子供が勉強したくなる雰囲気作り」云々…(H15年度の5年生用とH16年4年生用を参考にしました)

だけどこれって理想論で、実際は小1生でも計画を立ててコツコツ型の勉強ができる子もいれば、6年生・・・いや、中学生、高校生でも、親の併走、親とのブレインストーミングが必要な子もいるわけだから・・・

「宿題の定義や意味」も、自分なりに感じ取れるようになる時期には、学習習慣以上の個人差があるのを感じるんだ。
---という私自身、実は上の娘の宿題代行(…悪だ)を通して初めて知ったの。
横でたまに声かける程度で、自分からサクサク宿題を進めるような子ばっかりだったら、おそらく「宿題なんて、期限に提出すればいいの」くらいにしか感じなかったかも。
Posted by しば at 2006年09月05日 02:24
「しば」様へ


 Please concentrate to
 keep smiling!


Joking aside,
I've got a basic
question to ask you!

That is.....
Are the ministry's
educational guidelines
always right and good
for school kids?


         (牢)

Posted by ごりもん at 2006年09月05日 03:08
「しば」様へ


In his childhood,
Thomas Edison suffered
from dyslexia.
He wasn't able to read.
He wasn't able to write.
Everyone called him a
fooooooool!

And he had to quit
elementary school.

But so what?

After all,
he ended up to be
one of the greatest
inventers in history!


         (牢)

Posted by ごりもん at 2006年09月05日 04:26
「しば」様へ

Good morning,Mom.
I forgot to mention "the ministry"
meant "The Ministry of Education,
Culture,Sports,Science and Technology," as you might already
have recognized.

But,hey! Talk about long!
It's ridiculous!
It's too long a name for me
to remember. And you,too?

Posted by ごりもん at 2006年09月05日 07:20
ごりもんさん

英語でのレスは、携帯からだと非現実的(/_;)/~~ なので、後ほどパソで書きます…
Posted by しば at 2006年09月05日 10:34
作文の宿題ってたしかに疑問ですね。
苦しんで書いている子供たちを見ていると「これじゃ本読むの嫌いになってしまいそう。」と思ってしまいます。
Posted by きょうか at 2006年09月05日 10:37
きょうかさん

小学校の国語の教科書って、作文やスピーチ、あるいは討論の項目あるんだけど、小6に関してはスピーチと討論はするけど、作文ははしょられがち…
そして、読み物が減ってるんです。

読み物って、文体のお手本の宝庫だから、読者好きかどうかが作文好きになる最初のチェックポイントになるか?…なあ(^-^)/

苦しみながら形だけでも書くのも、書式を覚えるのには必要だけど、好きな本のくだりや、感動した新聞記事を筆写…てメニューもつけたらもっと楽しいと思うの。(私だけ?)
Posted by しば at 2006年09月05日 14:53
「しば」様へ

【松本風プチ斬れる英語】

The name of the game is
to debate!

If you have to debate,
you have to read a lot of books,
gather a lot of intelligence,
think and speak logically.

That's the way it is.

So,let school kids debate.





Posted by ごりもん at 2006年09月05日 15:52
僕が小学校の頃の思い出です。

朝、いつものように学校へ行こうとして、算数の宿題を忘れていたのに気づきました。泣きそうな顔で母親に訴えると、母親は急いでソロバンを取り出して(当時は電卓なんてなかった)、次々と計算をこなしてくれました。僕は計算結果をノートに書き写すだけです。

僕は親に勉強しろと言われた記憶はないし、勉強のことで叱られた記憶もありません。ただ、褒められた記憶があるだけです。あの日、宿題をソロバンでやってもらったことが、その後の僕にどう影響してるのかわかりませんが、母親の優しさにまつわるいい思い出となっていることだけは確かです。
Posted by ハル at 2006年09月05日 17:07
ごりもんさん

---今ネットに来てるんで英語でレスします(お待たせしました?)。

The educational "guideline" is actually an IDEAL goal for students which schools in Japan show to us.
About English, it says teachers must get students to produce /th/ sound correctly, which is real hard for adult English learners.

In Japanese, teachers in each grade should have discussion classes and public-speaking classes, and they are already listed in school textbooks, but they are still unfamiliar with debate...
Posted by しば at 2006年09月06日 02:42
ハルさん

おはようございます(夜明け前だけど)。

まず、コメントでいただいたエピソードは、ハルさんの子ども時代に何度も起こったこととは考えにくいのです。だって、「高校も進学校、大学受験時も猛烈に英語勉強した・・・」って、ブログで読んだ気がするもの。

私も娘の計算ドリルを「途中計算」のみならず、私自身が解いて完全代行にしてしまったことがあるのだけど、彼女は「母の助け舟」と思っているのかしら・・・

そういう私は、子供時代、母に口が裂けても「終わらなかった宿題手伝って」とは言えなかったし、期日を守るためになら午前様も辞さなかったなあ…
小学1年次か2年次にすでに、理科工作を最後の最後に残しちゃって8/31の夜更けに「もう寝なさい」と言われても、「明日提出だから、何としてもやる」って1日夜中2時までねばったのが、人生最初の午前様のように思う。
Posted by しば at 2006年09月06日 04:54
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